ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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社風って、何の風?
社風って、何の風?

宮崎・富山と続いた15日間興業もようやく終わり、まもなく自宅に戻ります。それぞれの街で関連会社さんのオフィスに詰めての業務でした。緊迫度などの局面が違っていたこともあるのですが、やはり「社風」というものの違いを感じて興味深かったのです。

すれ違うたびに全員が別会社の私に「お疲れさまです!」と声をかけてくれるところ、かなり偉い方が現場にニコニコと降りてくるので現場の社員も気軽に話しかけているところ、自分のデスクと実際の作業場所が妙に遠くに配置されてしまっているためいつも自分の机からのフラフラを余儀なくされている管理職さんなど、「いろいろあるなー」ってところ、これぞまさに「社風」です。いったい、この「風」の語源は何だろう?風格?風俗?風速ではないわな。

翻って私の会社の場合は、業界でも、一般の方々にも、「明るい社風」と思われているようなのですが、これは「楽しいものを得意として、数多く制作している」ために認識されている部分も大きく(すみません、ブログでは業界を明らかにしていません)、そりゃあ「中にいれば楽しいばかりぢゃないんだぜ」ってところです。まあ社風だって微分していけばひとりひとりの性格や相性にたどり着くわけで、つまり「社風を作っていくのは、私たち自身なのだ」ということを改めて思う次第。ううう、なんだか新入社員に対する訓示みたいな結論になってしまいました。

佛道ブログなので一応書いておきます。南無大師遍照金剛
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「セーラー服と機関銃」
「セーラー服と機関銃」

そういえば、東京ではセーラー服の女子高生が激減しているのではないか。出張中の富山市のホテルで母親と朝食を食べているセーラー服姿を見て気がつきました。宮崎にいたところ、急きょ別業務のために富山出張を命じられ、横移動ができなかったので東京の自宅に1泊、鞄の中身を少しだけ代えて転戦中です。

宮崎にいた際、やはり出張ベースで来ている同業他社さんが、「まずい。2月24日だけは、どのホテルも満室。全然部屋が取れない。路頭に迷う」と青くなっていたのです。「平日なのにイベント?それとも大きな学会でもあるのかな?」と不思議に思っていたのですが、富山で気がついた。国公立大学の二次試験です。富山のホテルでも「24日と25日は料金が高くなります・・・・」と申し訳なさげに言われました。部外者にはまったく気づかれないまま、受験産業だけでなく、観光業方面も全国的に盛り上がっていたのでした。

そう思って周りを見回すと、ホテルのロビーには「お弁当お渡し所」の看板があり、詰襟姿もウロウロ。エレベーターでは「どこに置いてきたのよ!」と母親に叱られながら青い顔をして部屋に戻っていく制服姿と乗り合わせました。受験票でしょうか?思わず「がんばってね」と声をかけそうになりましたが、「まあ、余計なお世話ダナ」と気がついて、ぐっとこらえた次第。

自分の受験はもう30年も前、っていうか、つまり今は同世代が親をやっているのか。私たちの世代では、「セーラー服」とくれば、「機関銃」。そして「薬師丸ひろ子」だったものですが、いまの受験生にはわからないだろうなー。

一応佛道ブログなので、最後に書きます。
みんながんばれ!南無大師遍照金剛
一日、一冷汁
一日、一冷汁

まだ宮崎。サラリーマン仏教徒、奮闘中です。

出張先での、ほとんど唯一の楽しみは「地元の味をいただくこと」です。そして宮崎名物といえばチキン南蛮と冷汁(ひやじる)、ということになっているらしい。前者は、鳥唐揚げ風にタルタルソース様のものがかかっていて、酒のつまみにいい。そして私がすっかりハマっているのが「冷汁」です。

起源は炎暑の農家さんの食欲不振対策フード、ということらしいのですが、魚をすりつぶして味噌を溶き、胡瓜のスライスを浮かべ、豆腐もぐちゃぐちゃに混ぜて、温かいご飯にぶっかける。名前が表すように温めずに供されるので、地元の若い人が「せっかくのご飯がぬるくなるから、嫌い」と告白してくれました(冷たいご飯にかけるべし、との声もあるようです)。見た目もほとんど「猫まんま」、まあ確かにB級グルメではあるのですが、これがウマい。本来は夏のメニューですが、ホテルの朝食ビュッフェには冬の今でも並んでいるので、毎日必ずいただきます。ここまでの滞在期間中には朝5時から業務という日が2回ほどあって、もちろんレストランが開く前にホテルを出るのですが、そんな日は「冷汁抜きではどうも調子が出ないなあ」ってところ。ホテル以外でもメニューに見かけるとチャレンジ、郷土料理ならでは「おふくろの味はそれぞれ違う」のでそこがまた楽しく、「曾祖父が宮崎だった私のソウルフード(魂の食べ物)です」なんて言って、地元の関連会社の仲間にウケています(育ちは東京、宮崎は2回目ですが)。「宮崎にはあと何日でしたっけ?」「あ、あと三冷汁になりましたー」などのギャグにもなっているのです。

出張先ではどうしても日常のあれこれが乱れます。具体的には瞑想・勤行・筋トレのペースがすっかり落ちてしまいました。「ベッドや枕の違いから熟睡感がなく、ギリギリまで寝ていたい」「朝が慌ただしくて気持ちの余裕がない」「ベッドが柔らかいので筋トレの力が抜ける」などなど。もちろんこんなものは言い訳に過ぎないことは本人が一番よくわかっているのです。

その代りに励行しているのがウォーキング。ホテルから職場まではおよそ2.5キロ、時間で30分、歩数にして3400歩というところですが、疲れていない、雨が降っていない、急ぎではない限りは歩くようにしています。これも地元の方からは「宮崎の人は3分でも車です」と驚かれるところですが、朝のキリっとした冷気のなか小学生たちに交じって歩く、夜の月を眺めながら業務が終わった解放感を味わう、これはストレス解消になっています。
墓参りは快感
墓参りは快感

業務で宮崎県に滞在中です。去年に続いての宮崎出張なのですが、曾祖父が宮崎出身ということもあり、「ご縁」を感じます。今回は15日間という長丁場とあって、週末に半日のOFFを入れて(上司公認)、墓参に行ってきました。

曾祖父の墓参は2回目、前回は帰京便直前の顔見せ程度だったので仕方がないのですが、気がつけばきょうもお線香も花も用意していない手ぶら状態、我ながらの詰めの甘さにがっかりです(輪袈裟・数珠・お経は持参していた)。ところが、一通りのお参りと読経を済ませてフト近くを見ると、となりの墓所におあつらえ向きの青バケツが転がっている。「これもご近所のご縁」とばかりに拝借しましたが(森家さま、ありがとうございました)、しかし山の中ゆえ雑巾も水道もありません(縁起によるとかつては寺の境内だったが廃仏毀釈にあったとのこと)。バケツをぶら下げてふもとまで降り、住宅地でリフォーム風の工事をしている方に「歩いて行ける近くにコンビニか雑貨屋さんはありませんかあ?」「近くにはないねー。どうしたの?」「あ、墓参りなんで雑巾を買おうかと」「それなら貸してあげます」ということに。大変ありがたかったのです。

山に戻る途中にはチョロチョロとした水音。パイプを伝って小川(というか排水溝)に雨水が落ちていたので、それをバケツに汲み、いそいそと清掃になった次第。水はびっくりするほど冷たかったのですが、墓石はピカピカです。バケツをおとなりに返し、雑巾はよく洗って、自販機で買ったペットボトルのお茶なども添えて工事の人に返却。「そうか、お彼岸ごとの墓参の快感って、これだったのかー」と気づいたわけです。って、こんなに先祖を大切にしていないとは、日本の仏教徒として恥ずかしかったことであるなあ(受験古文の現代語訳風に)。
おなかは身体の中心だった
おなかは身体の中心だった

シノギの方が半端なく忙しく、もうすぐ長い出張にも駆りだされそうです。あ、シノギとは仕事のことなり(笑)。にもかかわらず毎朝の瞑想は調子がよい状態です。いや、シノギが辛いからこそ瞑想でバランスを取っているのかもしれません。

いろいろな禅宗系の坐禅の手引を拝見します。「頭を吊るように背筋を伸ばせ」「腰・胴体・肩・頭を積んでゆくように」「細々と微かな呼吸を」云々。さらによく言われるのが「丹田に力をこめる」ということ。丹田とは臍のちょっと下あたり、ということらしいのですが、実はこの感覚がこれまでいまひとつ分からなかったのです。しかし最近はこれを「肛門に力をこめる」「腹筋を意識する」と解釈、すると呼吸が微かなものになり、集中が容易になるような気がします。もちろん「瞑想には『いい』も『悪い』もない。評価せずにただ坐れ」ということなのかもしれませんが、身体の中心を意識するこの感覚が少しわかってきたのは励みになっているのです。
運慶仏にうっとり
運慶仏にうっとり

業務がすっかり忙しいこのところなのですが、きょう(2月3日)はぽっこりとシフトの狭間でお休み。待ち焦がれ過ぎて忘れかけていた(笑)金沢文庫の「運慶展」に行ってきました。金沢文庫のHPを見ると、オークション騒動で有名になったあの真如苑の大日如来さまの展示は来週からとのことでしたが、その頃には長い出張が入りそうなので、「お目にかかるのも仏縁、今回会えないのもまた仏縁」と割り切りました。

「混雑は必至」との読みもあり、9時すぎには最寄駅に到着、そのまま早足で会場入りしたわけですが、流石に平日の早朝とあってお客さんもまばらでした。

圧巻はやはり円成寺の大日如来さまです。運慶仏師初期の傑作、別冊太陽でも今回の運慶展の図録でも表紙はこの仏さま、あまり作品が多いわけではない運慶仏師の代表作です。制作は1176年。それから835年経った21世紀のいま、サラリーマンたる私がこうして対峙させていただくことの不思議さ、ありがたさは表現しようもありません。小さな自我に囚われて日常のあれやこれやの面倒ごとに振り回されているのがなんとも瑣末なことに思えます。合掌もしました、ご真言もたっぷり唱えました。浄楽寺の不動明王さまの迫力にも圧倒されます。いまにも「のそり」と動きだしそうな質感、深夜にひとりで対面するのはちょっと勇気がいるかもしれないなー。会社の同期のひとりにそこはかとなく似ていることにも気づきました。つまりあいつ、ありがたいご面相ってことなのか。これほどたくさんの運慶仏に一気にお目にかかるようなこんなありがたい機会は現世でもう何回もないでしょう。心の色々なレベルで集中することを心がけて対面してきましたが、帰宅した今となっては「あの貴重な時間、もっと集中できたのではないかなあ」と思います。ま、諸行無常、記憶なんていうアテにならないものにしがみついても仕方がない、ってところです。

外に出たら白梅がポカポカと暖かい陽光に照らされていました。2011年節分、いい一日になりました。
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