ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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大仏とスカイツリー
大仏とスカイツリー

東京スカイツリーが竣工しました。テレビ各社の情報カメラも稼働して、いよいよ開業は5月。中に入ることができなくても実質的にはすでにすっかり東京の新名所。先日の関東36不動尊巡拝で隅田川沿いを歩いた際も、ガイドに連れられた中国人の団体さんが浅草側の土手から盛んにシャッターを切っているのを見かけました。
高さ634mは東京タワーのおよそ2倍、周囲を睥睨して屹立つするその存在感は圧倒的、そこだけ空気が凍りついているかのような神々しさすら感じます。そこで思い出すのが宮田珠己さんの傑作「晴れた日は巨大仏を見に」(幻冬舎文庫)。各地に立つ巨大仏が醸し出す不思議な光景を「マヌ景」として切り出した傑作でした。634mとまではいかなくても、人の形をした巨大建造物が突然ヌッと立っていれば確かにそれはかなり異空間になるのです。
それにしても東大寺の大仏を見た古代の人々の感覚とはどのようなものだったのでしょうか?様々な建造物がこれだけ大きくなった現代の我々にもあれだけの感覚をもたらす仏像です、彼らが受けたであろう「衝撃」はちょっと想像できない。そう、デカイことはそれだけでスゴイことなのです。
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