ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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佛道との出会い
はじめまして。

実名でのツイッターに一時はハマったのですが、洪水のようなTLを追うのに疲れ果て、シンプルなブログにお世話になることにしました。IDは「あびらうんけん」、これは胎蔵界大日如来さまのご真言です。畏れおおいIDかもしれませんが、「即身成仏」をめざす者の心意気、と解釈していただければ幸いです。

僭越ながらこのブログへ向かう立場を表明します。

文章を書くことの楽しさを味わうためのもの
佛道に帰依する立場の再確認として、在家信者の心意気を表明する
職業を含めて、すべて匿名で発信する
アクセス数に一喜一憂しない(アクセスが増えることは嬉しいのですが)
不快なコメントはスルー

何卒よろしくお願いします。

自己紹介です。
東京都出身、現在は品川区在住の40歳代会社員。妻と子供2人の4人家族です。

佛道との最初の出会いは小学生当時に読んだ吉川英治の「宮本武蔵」でした。お読みになった方はわかると思いますが、ここでは武蔵の師匠としての沢庵和尚が冒頭から実に魅力的に描かれており、主人公をすっかり「喰って」しまうその姿に子どもごころにあこがれました。

このため一時は本気で禅宗の雲水になることも夢見ましたが、なんとなく大学に進学、なんとなく会社勤めをして今に至ります。大学は東洋哲学を専修しましたが、卒論は佛教ではなく、教派神道を選びました。

再び佛道と邂逅したのは40歳代です。会社を離れた業界系の会合のゲストに高野山真言宗の行者さんがいらっしゃって、阿字観(=密教瞑想)の指導をしていただきました。この行者さんが現在の「師匠」にあたるわけですが、波長が合ったのでしょうか、いや、当人の感覚からすれば「佛さまに呼んでいただいた」としか思えないような日々が続いているのです。この感覚は、最初の阿字観指導をいただいた時から5年ほど経った現在でも変わりません。これを「信心」と呼ぶのであれば、確かにそうだと思います。

2年前には体調を崩しました。「適応障害」、まあわかりやすく言えば「うつ」でした。自分なりに苦しい体験で、家族にも心配をかけましたが、休職を命じられた時にまず思いついたのは、「あ、これは四国遍路のチャンスだ!」(笑)。結局2回の区切り打ちで阿波と土佐の2国を徒歩で回りました。宇和島駅で中断したまま早くも2年が過ぎてしまいましたが、佛道の友人には「お大師様に呼ばれたのですね」とうらやましがられています。

四国遍路の前後をあわせて高野山には7回お参りに行きました。宿坊に泊めていただくこともあれば、大阪出張の帰路に1泊延長、日帰り参拝だったりすることもありました。現在は、前述の師匠が主催する「講」に参加、坂東観音巡礼や法話の会などに参加しています。熟年世代が圧倒的に多いので、私は「青年部」扱いになっています(笑)。

思えば生活規範は完全に佛教徒としての自分を意識した生活です。十善戒(殺さない、盗まないなど10の戒律)だけでなく、佛教徒としての意識の持ちようがおのずとあるという気がしています。

何卒よろしくお願いします。

南無大師遍照金剛。
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