ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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写経で血液ドロドロの恐怖に見舞われる
写経で血液ドロドロの恐怖に見舞われる

6日は高野山東京別院の「暁天写経会」に参加しました。毎月第一月曜日に開かれるもので、0600から朝の勤行に参列、その後写経、さらに朝粥をいただきます。早朝にもかかわらず毎回およそ30人以上の方が参加されます。早番・遅番のシフト勤務の私ですが、本年最後のこの日はたまたま遅番だったので参加できた次第。もちろん御本尊のお大師さまに参拝もできて、大変ありがたいことです。

写すのは「理趣経百字偈」。真言宗の常用経典「般若理趣経」のラストの偈文です。文字通り、タイトルを抜かした本文は100文字だけなので、およそ30分で書き終わるのが便利。って便利さを追求するものでないことは承知しておりますが。ちなみに写経といえば一般的には般若心経ってことになり、高野山の大師教会の写経でもこちらを書きます。しかし短いことで有名なお経とはいえこちらは本文が262文字。やはり1時間以上はかかることになり、朝の写経には向かないのかもしれません。競争ではないので速く書ければいい、ってものでもないです。

生来の悪筆、さらに私の小学校(私立だった)ではなぜか習字の時間がなかったためなのか、私は筆が大の苦手。結婚式の芳名帳や香典袋を目の前にすると暗然とした気分になります。そして書き終わった写経を奉納する際にはこの稚拙な文字がほかの人に見られるのがどうにも気遅れがします。しかし、当たり前ながら、写経は書道コンテストでもない。心をこめて写すことをなによりも大切にしております。そしてわずか30分とはいえ、お経を写すことに集中するのは本当に気持ちがいい。お写経の魅力はまさにここかもしれません。

今回の写経で困ったのは、墨汁。小皿に移す時から「なんだか粘りがあるなあ」と思っていたのですが、いざ書き始めるとまるでいつもと感覚が違うのです。古くなっていたのかなあ。まるで「墨汁のたまり醤油」。そして頭をよぎったのは「血液ドロドロの恐怖」。「高脂血症患者さんの血液がドロドロってこんな感覚なのかなあ」などと思ったら、もうそこから頭が離れなくなってしまいました。お写経にいって健康問題に気づく。ちょっとヘンですよね、やっぱり。
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