ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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「不断の修行」の大切さ
「不断の修行」の大切さ

血糖値が上がっちゃったので、ウォーキングやスイムなどの有酸素運動に励んでいたのですが、今年の前半に「読む筋トレ」という本に出会ってからは腹筋などもやるように心がけています。この本は読者のモチベーションを上げることを意識したなかなかのスグレもの、まんまとハマってかれこれ半年もたつと、腹筋は確かに「硬く」なってきた。これは励みになります。それでも夜勤明けや飲み会が続いて数日でもトレーニングから離れると、筋肉は覿面にユルむのがコワイところです。

佛道修行もこれに似ているところがあるようです。師匠のT師は先日、「今年はサボっちゃったから、明らかに境地が落ちているのがわかるんだ。こんなことではいかんいかん」とコボすことしきり。私にしてみるととんでもない境地であることに変わりはないのですが。玉城康四郎博士も著作において、「悟り、などというものはちょっと油断するとすぐにわからなくなる」という趣旨のことを述べられていらっしゃった。もちろんこの境地も私には実感できないものですが、佛道の厳しさを垣間見て身の引き締る思いです。佛道とは生き続ける限り精進しなくてはいけないもの、いや、生きることが即ち佛道精進なのですね。
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