ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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社会儀礼としての「アーメン」
社会儀礼としての「アーメン」

親族のカトリック教会での葬儀から思ったことの続きです。当然葬儀はミサという形式で進行するので、こちらは積極的に「参加する」ことを求められる。入口では「葬儀のしおり」を渡され、そこには台本や賛美歌の楽譜も。こちらとしては戸惑うばかりですが、親族の葬儀ですから参加しないという選択肢は、ない。当たり前のこととして社会儀礼の範囲から外れないように振舞うのですが、それでも賛美歌と「アーメン」にはなんとも同調できなかったですね。故人を送るために心をこめて祈る、それでいいのだと思いますが。そういえば創価学会では厳格に他宗教の行事や施設を「拒否する」と聞いたことがあります(用語の使い方が違っていたらすみません)。神社の鳥居もくぐらない、とか。お付き合いなどで困ることも多いのではないかなあ。

お寺の葬儀では参列者はお経を唱えないのが普通なので、どうしても「参加感覚」は希薄です。参列者にお経本を手渡して「ではご一緒に」ってことだったら雰囲気が変わりますねえ。キリスト教信者の方はやっぱり困るだろうな~。
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