ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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対象をダイレクトに認識すること
対象をダイレクトに認識すること

カメラを趣味にする人が陥る「スランプ」というのがあるそうです。それは「いつも風景・事象をカメラで切り取るという視点でばかり見ているのがイヤになる」ということらしい。常に趣味を意識できることはなかなか素晴らしいことだとも思いますが、こうした焦燥感も分からないこともない。

瞑想などの本を読むと「対象をダイレクトに認識せよ」という趣旨の記述を多く見かけます。「先入観を持たずにその時の感覚を大切にする」という訓練だと思いますが、なるほど、改めて意識してみると普段の私たちは対象を「ダイレクトに」認識していることは少ない。例えばコップというものをコップとして見る、タオル地の手触りをそのまま味わう、そうした瞬間には他のものに気をそらさずにそれだけに集中する。こうした習慣を心がけることで人生の味わいが変わってくるとすれば、それはなかなかに素晴らしい境地だと思うのです。少し意識してみようと思っています。
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