ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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カネ以外に信じられるもの
カネ以外に信じられるもの

いつ、どこで目にしたのかまったく記憶にないのですが、「日本人の宗教は『経済』だ」とする文章を読んだことがあります。確かに、かつてのホリエモンほどあからさまに「カネで買えないモノはない」と公言することは憚られますが、やはり大半の日本人にとっての価値観が最終的には金銭につながっていることは否定できないでしょう。これを「宗教」と呼んでいるものだと思います。

もちろん日本以外の国でもカネは重要です。例えば、日本人でも酒を持ち込むことができない「パキスタン・イスラム共和国」。名前の通りバリバリのイスラム国。ここでは多くの連中が「騙しやすい日本人からむしり取ってやろう」と鵜の目鷹の目、かなりがめつい商売をしていて苦労させられたものです。何でもイスラムでは「騙される方が悪い」って考え方があるとか。「騙してまでカネを巻き上げるという行為は、良心に照らして抵抗がある」と考えてしまう当方とはそもそもの立脚点が違う。そして、彼らの多くはカネとは別のレベルでイスラムを信奉している。つまり、冒頭の言葉は「カネ以外に信じるものを持たない日本人」と言い換えられるのかもしれません。

そもそも釈尊は乞食(こつじき)による生活をされていたわけですが、サラリーマン仏教徒の私としては「カネなんかいらない、不浄だ、目を覚ませニッポン!」とはまったく申せません。個人的に給料やボーナスが下がれば困るし、同じものなら少しでも安く買いたいと情報収集に力を注ぐ。

「カネは人生の目的ではないが、少なくとも不幸を遠ざけてくれる」。投資関係の本で読んだ言葉です。そう、それは手段なのか目的なのか。「他に大事なものは、なにかな?」とキョロキョロする姿勢は忘れないようにしたいと思っています。
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