ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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遥かなり、チベット
遥かなり、チベット

新年になってからあれよあれよとチベット仏教とのご縁が深まっています。もちろん冷静に見ればこうした「流れ」は、芋づる式に書籍のはしごをするなどの自分の行動による部分が大きいのですが、本人にしてみるとまるで「呼ばれている」かのような気分です。

仏教の歴史から見るとチベット仏教は「密教」の系譜。「仏教の最終ランナー」とも呼ばれ、私が信心する真言宗と同じ系列にあたります。一見するとその仏像やシンボルの色彩はかなり異質な印象ですが、最近の私は大いにシンパシーを感じています。

きっかけはネットで書評を見かけたことから購入した「Happiness 幸福の探求」です。この本はフランス人ながらチベット仏教に帰依、ダライ・ラマ法王のもとで活躍しているマチウ・リカール氏によるもので、「幸せは心の内に見つける」「慈悲の心を育てよ」ということを丁寧に説いています(私が書くとなんとも陳腐で安っぽいものになりますが)。そう、幸せは遠くにあるものではない、読了してからジワジワと「効いてくる」本です。これからも繰り返しじっくり味わうことになるでしょう。確かにこれは仏教の教えのひとつの側面です。

そういえば高校生の時にはどこかの「チベット展」で買い求めた幻想的なポタラ宮のポスターを自室の壁に貼っていたものです。貼っていたことすらまったく忘れていたのですが、あれはどういう気分からだったのだろう?ちょっとヘンな高校生だったなあ、やっぱり。

東南アジア駐在時代には業務でブータンとネパールに行く機会もありました。もちろん業務のテーマは仏教ではなかったのですが、現地の人々の文化・生活・人生観の基底に仏教が根をおろしていることはすぐにわかります。そのなんともいえなエキゾチックな魅力に惹かれました。ブータンでは布に描いた「タンカ」(仏画)まで購入、額縁を作って今も自宅の玄関に飾っています。当時、友人はブータンについて「あの国では魂が入れ替わることがおきるそうですよ」と冗談めかして教えてくれたものですが、あながちジョークともいえない気がしています。

外見上の肌合いの違いからいささかとりつきにくい印象のチベット仏教ですが、書店を見直してみると関連書籍もかなり出版されていて、興味を持つ日本人も多いことがうかがえます。そして、こうした本の多くは教理をたいへん解りやすく説いているのです。ん?日本古来の仏教書籍の世界では、高僧による説教本は多いが、教理の部分ではかなり分が悪いぞ。「源氏物語は原文よりも英訳の方がわかりやすい」って感覚に通じる気もしています。
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