ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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殺処分のつらさ
殺処分のつらさ

去年の口蹄疫に続き、今度は鳥インフルエンザが各地で猛威です。被害に遭われた農家の方、そして直接被害を受けなくても業務に影響を受けている多くの方々の心痛はいかばかりか、と思います。

それだけでも憂鬱なこのニュース、さらに不愉快なのは「殺処分」という救いようのない用語です。感染拡大を防ぐために「殺す処分を選択する」わけですが、それに従事する農家の方、役所関係の方、自衛隊の方もたいへんつらい思いをしているのではないでしょうか?

仏教の戒律にはさまざまなものがあり、上座部仏教の出家者には、なんと250も課せられています。また小生の信心する真言宗には「十善戒」があり、在家用の勤行次第にも載っている。つまりは「在家の信者もこれを守りなさい」ってことなんでしょうが、この冒頭が「不殺生戒」です。ちなみにこの十善戒には「不飲酒戒」(ふおんじゅかい)はないのですが・・・。

ここで考えます。もし私が宮崎県の職員で、業務としてこの殺処分を命じられたとしたら、「宗教上の理由で殺生はできません」と言えるのか?まず日本社会で給料取りをやっていたら無理な「宣言」だろうな。「あいつ、ナニ言ってやがる」です。県職員と僧職を兼務していて、普段から肉食をしないことが周知されていればOKかなあ、なんてあまり意味のない空想ですね。

そういえばかつて同業他社にベジタリアンのアメリカ人さんがいて、宴会などでは食べるモノがなかったようです。上司(日本人)も「あいつを連れて行っても困るんだよな」と苦い顔です。当時の私は「彼のそれって宗教なんですか?」と無邪気に聞いていたのですが、上司さんも「わからない」とのこと。今にして思うといささか不躾な質問ですし、「では、そもそも『宗教』って何?」という根源的な問題を含んでいましたね、この質問は。今の私なら口にしないセリフです。
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