ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
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護国寺との佛縁
護国寺との佛縁

3月17日は冷たい雨の日でしたが、福聚講定例の護国寺参拝に8人が参集しました。4月8日は釈尊の生誕を祝う「花まつり」とあって、山門には早くも誕生仏と甘茶がお目見えしていたほか本堂でも準備が進んで、春が近いことを感じさせます。お参り前には甘茶も振舞っていただきました。

この日は福聚講の仲間と護国寺にいろいろなご縁があったことがわかりました。

私の自宅には体調を崩した義母が前日から滞在していたのですが、この日の朝、護国寺の参拝に行くことを告げたところ、「護国寺なら知り合いの夫婦が働いているのよ」と明らかにしました。茨城県S市の同郷で、ご主人が教員時代の同僚、奥さまは学校の同級生だ、という。「ご主人は教員を辞めて修行してお坊さんになったのよ。私の旧姓を言えばわかるはず」と。いつも本堂にいらっしゃっる方だろうと思い「小柄で丸顔の方ですか?」とアタリをつけたら、そうだ、という。そこでお参りの前の本堂で思い切って「S市ご出身のIさんですか?」とお聞きしたところ、やはりご当人です。「私はS市のM(義母の旧姓)の娘の連れ合いなんです」と明かすと、奥さま共々奇遇を喜んでくださいました。義母が前日から自宅にいたのでたまたま護国寺参拝のことを話しただけで、それがなければこうしたつながりを知ることがなかったかと思うと不思議な気がします。

また、講員のNさんはお父上が警視庁在籍時代に護国寺山門前の交番の勤務だったので護国寺には親近感を持っている、とか。さらに講元のT師は以前近くにお住まいでよく参拝に来られたほか、地元の方々と朝の鐘を撞く捧鐘会にはいっておられたというご縁。こうした護国寺の仏縁が我々を参拝に呼んで下さっていると感じたことでした。
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