FC2ブログ












ある在家仏教信者の心意気とサラリーマンな日常
天上天下唯我独尊。では、「無我」は?
天上天下唯我独尊。では、「無我」は?

珍しく小難しい話です。先日の護国寺参拝の際には、右手で上を指した「誕生仏」に甘茶をかけさせていただく機会がありました。言うまでもなくこのポーズは、生まれたばかりの釈尊が七歩あるいて言ったという「天上天下唯我独尊」にちなんでいます。たいていの宗教には教祖誕生にまつわる奇跡譚が存在するでしょうから、いちいち目くじらを立てることはない、ということはあります。しかし普通の感覚からすると「いくら釈尊とはいえ、生まれたばかりで『とにかく自分だけが尊い』とは偉そうだ」という違和感はありますよね。さらに。仏教の「法」=教えを端的に表したという「四法印」は「諸行無常」「諸法無我」「一切皆苦」「涅槃寂静」。初期仏教の教説をかじると3つはなんとなく分かったような気にもなるのですが、「無我」はなかなか手ごわい。「釈尊はブラフマン(梵)とアートマン(我)が同一であるとするインド哲学の『梵我一如』に対するアンチテーゼを提示した」という解釈もあるようです。こうなると「我」を、現代人が理解している「自我」と同一であるとする前提からして間違っていることになります。つまり釈尊の「唯我独尊」は「自分が偉い」と言っているわけではない、と。

自分なりに解釈しているところを浅薄なままに書いておきます(汗)。「我」とはつまり自分という枠組み(自我)に執着すること=「我執」であり、「諸法無我」はこれを否定せよ、との教えなのではないか。現代人に限らずいつの時代でも、ヒトが「自我の殻を破る」のは並大抵のことではないでしょうが。そして「唯我独尊」は、その自我を捨て去ったところに現れる絶対的な境地が、実は最終的にこの現在の「仮の自我」にもつながっている、ということを示している。そんなことを夢想するわけです。ああ、哲学的思考が基礎からなってないっすね。ちっともまとまらないや。大学の専攻が東洋哲学だったことは私の最高機密なんです。

もっと教理の勉強をしないとダメだな。
護国寺との佛縁
護国寺との佛縁

3月17日は冷たい雨の日でしたが、福聚講定例の護国寺参拝に8人が参集しました。4月8日は釈尊の生誕を祝う「花まつり」とあって、山門には早くも誕生仏と甘茶がお目見えしていたほか本堂でも準備が進んで、春が近いことを感じさせます。お参り前には甘茶も振舞っていただきました。

この日は福聚講の仲間と護国寺にいろいろなご縁があったことがわかりました。

私の自宅には体調を崩した義母が前日から滞在していたのですが、この日の朝、護国寺の参拝に行くことを告げたところ、「護国寺なら知り合いの夫婦が働いているのよ」と明らかにしました。茨城県S市の同郷で、ご主人が教員時代の同僚、奥さまは学校の同級生だ、という。「ご主人は教員を辞めて修行してお坊さんになったのよ。私の旧姓を言えばわかるはず」と。いつも本堂にいらっしゃっる方だろうと思い「小柄で丸顔の方ですか?」とアタリをつけたら、そうだ、という。そこでお参りの前の本堂で思い切って「S市ご出身のIさんですか?」とお聞きしたところ、やはりご当人です。「私はS市のM(義母の旧姓)の娘の連れ合いなんです」と明かすと、奥さま共々奇遇を喜んでくださいました。義母が前日から自宅にいたのでたまたま護国寺参拝のことを話しただけで、それがなければこうしたつながりを知ることがなかったかと思うと不思議な気がします。

また、講員のNさんはお父上が警視庁在籍時代に護国寺山門前の交番の勤務だったので護国寺には親近感を持っている、とか。さらに講元のT師は以前近くにお住まいでよく参拝に来られたほか、地元の方々と朝の鐘を撞く捧鐘会にはいっておられたというご縁。こうした護国寺の仏縁が我々を参拝に呼んで下さっていると感じたことでした。
テレ臭いけど気持ちいいこと
テレ臭いけど気持ちいいこと

福聚講仲間で巡礼に行く際に励行するのが参道(境内に限らず徒歩ルートすべて)でのゴミ拾いです。しかし、数歩ごとに腰を屈めるのはなかなか疲れること、ゴム手袋をするので手が汗まみれになることなどがあって、あまり楽しくない。なによりも、あからさまに「いいことをする」、これがなかなかテレ臭いのです。
ところが最近このゴミ拾いが好きになりました。きっかけは会社で任命されたCSR活動(企業の社会的責任)のプロジェクト委員。昼休みにゴミ拾いのトング(巨大ハサミ)を持って社屋の周りをおよそ1時間回ります。これがいい!なによりオフィスと上司の眼を離れて外の空気を吸えることの気持ちよさが大きいのですが、ゴミがみるみる集まる快感、トングのおかげで手も汚れず腰も痛くならない。ついには先ごろ通販で「マイトング」を購入、先日の仙台慰霊の旅では仙台駅周辺のゴミ拾いをやったのです。タバコを吸っていた頃には何も考えずに吸殻をポイポイ捨てていたことを思い出すと冷汗が出る思いです。きっかけをあたえてくれた会社には感謝しています。「テレ臭いけど、気持ちいい」、この感覚は電車でお年寄りに席を譲った時のものと似ています。みなさんも如何でしょうか?
しかし私も自宅の周辺ではまだ踏み切れていません。公園でビニール袋などが落ちているのを見かけるとムズムズしてきちゃうのですが、「ご近所の目があるからなあ」と。悪いことでもあるまいに、不思議です。
今日という日に感謝‼
今日という日に感謝‼

すっかり暖かくなったので、今日は会社帰りに3駅手前で電車を降りて、久しぶりに定番徒歩ルートを歩きました。このところさらに忙しくなったこと、記録的な寒さだったことなどから挫けていたわけですが、会社を出る時間でもアメダスで12度もあるとなれば頑張らないわけにはいきません。もちろん、少し遠回りして虚空蔵菩薩さまでは一連の勤行、荏原神社にもお参りです。いやあ、気持ちヨカッた!わずか30分でも一人になれるのもありがたいこと。暖かくなるこれからはなるべくこのルートで帰るようにしよう!雨と風と寒さと酔っ払いと激疲れの日は除いて・・(笑)
佛縁に導いていただいたこと
佛縁に導いていただいたこと

東日本大震災犠牲者慰霊のため3月4日に福聚講の佛道仲間と宮城へ行き、そこでたいへん不思議なことがありましたので、久しぶりのブログ更新とします。

7人で仙台駅に集合、先ごろ建立された若林区荒浜の「慰霊碑」へジャンボタクシーで向かいます。すると講元のT師が驚きの声を上げました。そこは震災直後に師がひとりで慰霊に訪れたまさにその場所だったというのです。当時は慰霊碑もなく、たまたまその日のタクシーの運転手さんに連れられて行った海岸だった、という。逆に言えば師が読経をされた場所に後日になって慰霊碑が建立された、ということになるのかもしれません。荒浜小学校からそのまま海岸へ向かう道路の先なので、地元の方々にとってはわかりやすい象徴的な場所なのかもしれませんが、我々にとっては意味があることでした。前日までの積雪が残り、海からの強い風が吹く中、師が一周忌の法要の次第を行ったほか、我々も般若心経や光明真言を唱えて供養としました。

福聚講は関東36不動尊巡礼を続けていることもあり、その後は秋保温泉の先にある秋保不動尊へ向かいます。こちらもT師の発案でしたが、「せっかく仙台まで行くのだから、どこかにお参りもしようと思い、ネットで『仙台、不動尊』と検索をかけてたまたま見つけた」というご縁だったもの。1時間ほどの道中、助手席に座っていた私がたまたま「福聚山慈眼寺」という看板を見つけたのです。我々福聚講の語源は観音経の「福聚海無量」から。こちらの福聚山もおそらく同じでしょう。「同じ名前ですねえ」などと車内の軽い話題になりました。そこでiPhoneを持っていた私がたまたま「慈眼寺」を検索したところ、ご住職は吉野の大峯千日回峰行を満行された塩沼亮潤大阿闍梨さまと分かり、一同ビックリです。千日回峰行といえば比叡山のそれが有名ですが、吉野・金峯山寺で成し遂げたのは1300年で塩沼大阿闍梨さまが2人目(長らく途絶えていたということが大きいらしい)、最近では著書「人生生涯小僧のこころ」が話題になった現代仏教界のスーパースターのお寺が秋保不動尊のすぐ近くにあったのです(あとになって塩沼大阿闍梨さまは仙台出身と知りました)。まず予定に沿って秋保不動尊さまを参拝(威厳がある素晴らしいお姿でした)、その後塩沼大阿闍梨さまの慈眼寺へ回ったのが午後1時半ごろでした。たまたま毎週日曜の午後1時からお護摩と法話があるということも勿論知らなかったわけですが、お護摩の最後のところと法話を伺うことができました。終了後にはお堂の外で参拝者をお見送りされる塩沼大阿闍梨さまが法衣姿のT師を見つけて話しかけてくださいました。我々一同も「南無大師遍照金剛」の白衣姿だったので目立っていたのでしょう。最後には大阿闍梨さまを囲んで記念撮影までするという「最高の一日」(T師談)となったのです。大阿闍梨さまはなんとも神々しいお姿の方でした。T師は「以前から塩沼大阿闍梨さまには是非お目にかかりたいと思っていたところだったのです」と感激ひとしおです。

このようにこの日はさまざまな「偶然」によって素晴らしい一日になりました。大震災の慰霊碑がたまたま師が以前訪れた場所に建立されていたこと、たまたま参拝することになった不動尊への道中で我々とご縁のある名前のお寺の看板を偶然見つけたこと、たまたまスマホでこの寺が塩沼大阿闍梨さまのお寺と知ったこと、週に一回のお護摩と法話に遭遇、言葉を交わしていただいたこと。これはすべてが単なる「偶然」でしょうか?それともお大師さま、あるいはお不動さまが導いてくださったのでしょうか?

震災から1年。個人的な思いも去来します。震災直前を最後にブログの更新がすっかり途絶えていました。そもそも当初のようなハイペースの更新が続くわけもなかったのですが、加えて震災で業務の様相が一変してしまったこと、その後にあった異動がサラリーマンとして不本意なものになったこと、いつの間にか佛道精進に対する気持ちも変化、秋の高野山参拝でもすべてに身が入らなかったこと、本当にいろいろあった1年でした。

しかし今回の仙台慰霊でこの素晴らしい佛縁をいただいたことは、佛道へ向き直るきっかけになりそうです。不思議な形で示されたこの佛縁、佛さまが導いてくださっていることを信じることで新しい気持ちで生きて行くことができます。ありがとうございました。